経済の好循環を生み出せなかったのはどうして?日銀黒田総裁の「大規模金融緩和」10年
4月8日に任期を満了する日銀の黒田東彦総裁にとって最後になる決定会合が、2日間の日程で3月9日から行われている。黒田総裁は経済の好循環を目指し、大規模な金融緩和を行ってきたが、金利を低く抑えても企業の資金需要は伸び悩み、設備投資も進まなかった。9日には衆院が本会議で経済学者の植田和男氏(71)を総裁とする人事案などに同意。10年にわたった黒田氏の緩和策は好循環を生み出せないまま幕引きを迎える。(大島宏一郎)
◆「投資が国内で行われず海外で行われた」
「『借りてほしい』と付き合いのない金融機関からも言われたけれど、やみくもに借りようとは思わなかった」。プラスチック加工業を営む町工場の男性社長(49)=東京都大田区=はこの10年を振り返る。
男性によると、世の中に大量のお金を流す大規模緩和が始まった2013年4月以降、金融機関から飛び込みの営業を受ける機会が増えた。リーマン・ショック後など「借りたくても貸してくれない」時と比べ大きな変化だったが、この10年は米中貿易摩擦や新型コロナ、ロシアのウクライナ侵攻と製造業界も打撃を受ける「想定していないことがたくさん起きた」。新たな融資は見合わせた。
大規模緩和の狙いの一つは、お金の貸し借り時に生じる「金利」を引き下げることで、企業の借り入れ負担を抑えて設備投資を促すことだった。だが、政府が作成した22年度の経済財政白書によると、国内の設備投資が経常利益に占める割合は52.5%(19年度)。緩和前の12年度の61.2%から低下し、企業がもうけを投資に振り向けない現状が続いた。
結果、金融機関の貸し出しも伸び悩み、日銀の統計によると、銀行の預金がどれだけ貸し出しに回ったかを示す「預貸率」は右肩下がりで推移。緩和前の12年末は70%台だったが、21年末には60%台まで低下した。バブル崩壊後の日本経済が長期低迷したためで、新総裁候補の植田和男氏も衆参両院の所信聴取で「借り入れ需要が芳しくなかった」「投資が国内で行われず海外で行われた」と述べた。
緩和のベースになったのが、政府・日銀が13年1月に公表した「2%の物価目標」で、日銀理事として共同声明の策定に携わったみずほリサーチ&テクノロジーズの門間一夫氏は物価目標には「日銀の金融緩和と政府の成長戦略の両方を進める目的があった」と解説。しかし「成長戦略は実現せず、むしろ国内市場が縮小したため、企業がお金を借りたいという需要は生まれなかった」と話す。
異次元緩和の10年間については、明治安田総合研究所の小玉祐一氏も「低金利下でも投資が伸びず、経済全体の生産性が高まらなかったため、企業の収益や人々の賃金が上がらなかった」と総括した。◆実質経営破綻なのに存続「ゾンビ企業」約18万8000社
大規模緩和で設備投資に目立った成果が出なかった一方で、超低金利は政府の長年の公的支援と相まって本来なら倒産してもおかしくない「ゾンビ企業」や低金利を前提に経営する企業を存続させた。
帝国データバンクの調査によると、実質的に経営破綻しているのに金融支援で生き延びた会社を指す「ゾンビ企業」は2021年度、推計約18万8000社と、全企業の12.9%を占める。19年度には14万6000社、割合で9.9%まで下がっていたが、2年連続で上昇。新型コロナウイルス感染拡大の影響で始まった実質無利子無担保の「ゼロゼロ融資」などの公的支援が一因とみられている。
東京都中央区の税理士温井徳子さんは「ゾンビ企業と言わないまでも、ゼロゼロ融資などで借入金を増やし、資金繰りの苦しい中小会社は少なくない」と話す。業種によっても利益率には差が見られ、「在庫を抱えている製造業を中心に厳しい。社長の給料を減らして何とかしのいでいる状態」という。ゼロゼロ融資の返済は今夏から本格化する。温井さんは「日銀が利上げにかじを切れば、新たな借り入れは金利負担が大きくなる」と経営への影響を懸念する。
全国銀行協会の半沢淳一会長(三菱UFJ銀行頭取)は2月16日の会見で、日銀が昨年12月に10年国債金利の上限を引き上げたことで既に「企業向けの中長期の貸し出しに適用される金利が上昇している」と話す。今後、金融緩和が正常化する中で一段の金利上昇も予想される。上昇の度合いによっては、健全な企業にも影響が及ぶ恐れもあり、新総裁は慎重なかじ取りが求められる。(砂本紅年、大島宏一郎)
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