舛添要一「三浦瑠麗は知識人の劣化の象徴。国際政治学者という同じ肩書きで同類扱いされたくはない」
日本の活力低下は、企業の生産性が伸びないことのみによるのではない。あまり指摘されていないが、大衆を指導すべき知識人のレベルの低さも一つの要因になっている。
テレビ番組も、かつて大宅壮一が喝破したような「一億総白痴化」現象が拡大している。知の退化、つまり、知を担う知識人の劣化が甚だしいのだ。
その象徴が、今話題になっている三浦瑠麗である。この人のテレビ番組での発言を聞いても、「国際政治学者」という売り込みなのに、国際政治に関わるテーマについて彼女が的確な解説をしているところを見たことがない。たとえば、習近平政権3期目の発足についての発言など、習近平賛歌ともとれる内容で、まともな中国専門家から顰蹙を買っている。
私は、1989年に東大を辞してから、『朝まで生テレビ!』、『TVタックル』など多数のテレビ番組に出演したが、それ以来、肩書きに「国際政治学者」を使ってきた。学者、研究者としての矜持があったので、「評論家」という肩書きが嫌だったからである。
しかし、三浦がこの肩書きを使うようになって、まるで自分まで彼女と同類項であるかのように見なされるのには閉口している。実は、この肩書きを広めたのは私である。
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— NewsSharing (@newssharing1) April 1, 2023
この国は実力よりも知名度のほうが金になる。このことが温床になっているように思います他ネットのコメント
テレビは人気商売だからね、まあ気持ちはわかるが。
ほんま、国際政治学者って全く信用できないよね。
三浦瑠麗のほうが話をゆっくり冷静にわかりやすく話す分、田嶋陽子に比べたらずっとマシだったと思うけどつぶしあいをされても日本は良くならないですよ。
自分が持つ浅はかな知識や薄い経験で「ある属性」を捉えて、自分はそんな風に薄っぺらいのにもかかわらず全て分かっているかのように被差別当事者に対してアレコレ指図するダメ人間が、日本には多過ぎる。
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